記4

ここは、わたくし(名)キリハラが新ふゆきょうの宣伝をしたり挫折したり
呪いの言葉をぶちまけたり誰彼かまわず攻撃したり
あなたと仲良くなったりするウェブログです。嘘ばかり吐いてゐる。ホ、ホ、ホ。
ベシャメル明石焼
桜場コハル さきほどヤフー!のスポーツニュースで初めて知ったことには、サッカーJリーグのシーズンマッチメイキングは手仕事ではなく『Jリーグマッチスケジューラー』というソフトウェアによって決定されているらしい。愛称は『日程クン』。どこから突っ込めばいいのか全く分からない。何で『君』でなくて『クン』なのか。目的語がないのは何故なのか。そもそも『日程クン』という語感のどこに推薦される要素があるのか。特に最初の『クン』については日本サッカー協会宛に質問の電子メールを送りたいくらい混乱している。そんなに親しげな語感が欲しかったのだろうか。だったらもっとましな愛称があるだろうよ。『助さん』とか『松ちゃん』とか。前者はスケジューラー、後者はマッチの部分からとったあだ名である。まあどっちも『日程クン』と大した違いはねえな。
 スポーツニュースだけあって中身について詳しく書かれてはいなかったが、基本的な仕様としては各クラブチームの要望、同一日に同一地域での試合を行わないなど種々の条件を入力するとワンシーズン分のマッチメイキングを自動で行ってくれる仕組みのようである。また、一部の試合を手入力にすることも可能と、けっこうフレキシブルなシステムらしい(その程度はやってくれないと困るけど)。ただし、条件を複雑にし過ぎると約九十時間も計算した挙げ句に「解無し」の結論を出すという冷酷無比な面も持っている。そこはエラー部分を除いた部分解だけでも提示して欲しいものである。いやそれはやってくれるんですかね。詳細は存じません。
 で、このシステムは〇四年に二千万円もの巨費を投じて導入されたと同ニュースは報じていた。それはまた豪気なものですね。三年や五年で回収できるのですかしら。
 二千万円というのは導入費用だろうから、保守料など含めてランニングコストが毎年百万円くらいかかると予想される。それを管理系ソフトウェアの耐用年数である五年で回収しようと思ったら単純計算で一年当たり五百万円のコストダウンが必要になる。元々人間が手作業で行っていたとして、年間五百万円といったら人件費に換算して雑魚一.七人分、中堅ならば一人分くらいになる。果たして費用対効果の観点から見て十分な効率化が為されるのか。多分答えはノーである。マッチメイキングにかかる時間は一人の人間が行ってもせいぜい二ヶ月程度だろう。その間残業全開で仕事を続けたとしてもせいぜいが八十〜百万円といったところ。ランニングコストにも満たない額である。では効率化に繋がっていないじゃないかという話になればまたそれもノーであって、管理系ソフトウェアの評価を金銭的なものだけに留められない難しさがここにある。特に季節労働的なシステムであれば、費用が効果より大きくなる場合でも仕方ないと言わざるを得ない。人繰りの問題然り、一人頭の労働時間然り、確度の問題然り。キリハラの働く会社でも先頃連結決算対策として二千万円のソフトウェアを購入した。実際にどれだけの効率化をなし得ているかは一概に言えないものの、システムの正確さと並列データ処理に関しては一定の成果が出ている。
 だからまあ、金の無駄遣いに見えてもそこは勘弁してやらなきゃいかんのだよなあとしみじみ思った。仕事休みっぱなしのくせに。
 それとは全く関係なく、給与がマイナスになった分を次回一時金から差し引く旨の請求書が人事部から送られて来た。キリハラが所属する会社の場合、給与規則上長期休暇をとればどこかで給与がマイナスになるのは仕方がない。具体的には、普段は欠勤分のマイナスが次月給与から引かれる形であるところ、長期欠勤扱いになる(三ヶ月以上連続して休む)と控除形態も変わり、次月ではなく当月分給与から当月欠勤分が引かれることとなる。するとある月の給与から当月欠勤分と前月欠勤分の両方が控除され、結果として給与なのにこちらが支払う異常事態が発生する。それで社員に対する請求書なんてものが発行されるのである。
 なので給与マイナスについては既に諦めがついていたのだが、何故だか前回の病欠時よりも大分マイナス額が減っていた。どのくらいかというと、思わず人事部に感謝したくなるくらい。しかし給与も給与体系も変わっていないのに金額が大きく異なる点はどうも要領を得ない。もしかして、前回のマイナス額は多すぎたんじゃねえの?実際有り得ない金額だったしよう。はっきりせいやS。いや嘘ですSさん。
 一度じっくり話を伺いたいと思ったりしたキリハラ、されど薮を突いて蛇を出すようなことになったら困るから喜ぶだけ喜んであとは放っておくことにしている。世知辛い社会人生活、余計な詮索はせずに末端で細々と暮らして行くのが摩擦も少なくてよろしい。よろしくねえ。とっとと抜け出してやる。
| 悪魔超人の食卓 | 17:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
二つ身
パンチョ近藤 零

 雨が降るとどうしても眠くてたまらないものだから、僕は食事もそこそこにベッドへ戻り、二つに畳んだ羽毛布団の真ん中に倒れ込む。布団は伸縮自在の空気を思わせる柔らかさで僕の骨張った身体を受け止め、ずぶりずぶりと包み込んで行く。上半身が布団に埋まり切ると聴覚が半分、それと視覚の七割が奪われて、僕は思考しかできない不具の身になって眠りの淵を目指し歩き始める。道の両脇には普段考えもしないような下らない物事が散らばっている。病院に行って医者と話をしなければいけない。会社に報告書を送らなければならない。マックから流れている楽曲、あんなどうでも良い物を嬉々として買ったのはどこのどいつなんだろう。連れの嫌な所が全部変わって世界が僕のために動き出したらどんな気持ちがするだろう。
 言葉の数々は目の裏側に映るイメージの塊となり徐々に輪郭を失い始める。思考が無意識の潜行に形を変え一週間前に読んだ小説の挿絵が見える頃、僕は自分が眠っているのか起きているのか自覚出来なくなる。音楽は右耳ではっきりと聴き取っている。目は瞑っている。しかし身体は動く事を拒否し、脳みそだって主の命令を聞く気配はない。手や足の先に心地良い痺れが紛れ込んで更なる自分の放棄を促して来る。逆らうような真似はしない。低気圧が浸透した身体がたゆまぬ休息を僕に要求するからだ。読みかけの本、消し忘れたマックの電源、遠くから聞えるエンジンのアイドリング音、全てはうすぼけたフィルターの外側の出来事だ。二層目の瞼を閉じるとそれすらも外身を失って闇の中の反響に過ぎなくなる。
 気がつくと僕はベッドの上に浮かんでいる。眼下にはうつむいて眠る僕の身体。不審に思い蛍光灯に向かって右手を透かし見ると、両目の視点をずらし重ねた時のように半分だけ向こうが透けて見える。足も胴も同じ。試しに左手で右手を握ろうとすると通り抜けてしまう。幽霊みたいなものだろうか。だとしたら元の肉体に戻らなければ。そう思って手応えの無い空気をかき分け自分を身体に重ねるけれど、どうしたことか一体化することは出来ない。僕は一瞬焦り、身体がちゃんと息をしていることに気付いてすぐ落ち着きを取り戻す。なるほど低気圧のせいか。
 低気圧が幽体離脱の手助けをする説は数年前からメジャーなものになっていた。専門家曰く、鼻孔や口から取り込まれた低気圧は催眠作用を起こすと共に人間の幽体を不確かにするのだとか。通常ならば見えない無数の糸が肉体に縛り付けているところ、低気圧はその糸に染み込んで一時的に繋がりを弱体化させ、場合によっては心身が分離してしまう。浅い眠りの時に分離した意識は時たま覚醒状態に戻り、自らの幽体離脱を認識する。それが僕の身に起こったわけだ。
 僕は眠っている肉体を起こさないよう気をつけながらゆっくりと絡まり気味の糸をほぐして行く。この糸がごちゃごちゃになっている時は心身のバランスが上手くとれていないのだと聞く。だったら良い機会だから直してやろう。お腹の辺りで絡まっているのは胃の調子が悪い事と何か関係があるのだろうか。上手くほぐしてやれば胃痛も治るのかな。なんて考えながら半時間ほど糸をいじり続けてようやく一本一本を真っ直ぐに伸ばし終える。医者に行く手間が省けて良い気分になる。いつの日か人間が自由自在に幽体離脱出来るようになったら医者はきっと商売上がったりだろう。金持ちが好きじゃない僕からすると少しいい気味だ。
 満足した僕は窓ガラスをすり抜け午後の薄暗い町へと飛び立って行く。空は重金属の雲で覆われ太陽の真円を地上から切り離している。雲の端々から摩耗した鉄みたいな霧雨が音も立てずに降ってくる。その細かい粒は僕の幽体をすり抜ける時、一瞬何かに気付いたような顔をする。やはりと言うか何と言うか、僕は不自然な存在らしい。まあいいやと口を動かしたけれど、声帯がないから言葉は音にならなかった。
 濡れそぼったアスファルトを踏みしめる人々は半分くらいが傘をさしていて、全員が全員コートの襟元をきつく締めている。天気予報によれば今日の最低気温は零度を割るかも知れないという。リアリティを助長する雨に降られながら歩く人は皆窮屈そうに見える。僕は薄着なのに寒さも感じず、摂氏零度の町の上を悠々と流れて行く。万が一人に見つかると困るから、他人の家の中は避け、出来るだけ高度を上げて。
 やがて僕より背の高い存在は高圧電線を結ぶ鉄塔だけになる。いつから立っているのか知れない彼らは晴れていても不機嫌そうだけど、雨が降ると不機嫌に陰気が重なってまるでスーツ姿の浮浪者みたいに見える。時折手元で電気の走る音を響かせる長身痩躯の鉄塔達。僕は彼らに親近感を覚える。世界はいつも不機嫌なニュースに満ちているし、雨が降ったら気分はふさぎ込むものだ。
 上がりそうにない雨の中を飛び続けて鉄塔の頂上に腰を落ち着ける。見晴らしはあまり良くない。濁った水滴が何層ものカーテンを作って町を隠している。晴れていれば郵政団地の道路でキャッチボールをしている小学生も、今日は家の中で暖房をつけてテレビゲームでもやっているに違いない。それかインターネット。どちらにしてもあまり画面に顔を近づけないよう気をつけて。ファミコンで近視になった僕は、子供を見る度に通じるはずもない願いを心に浮かべる。
 と、足元を電光が走った。世界をつま弾くような音が鳴って僕を驚かせる。危ない危ない。幽体と電気は相性が悪いのだ。そう誰かが言っていた。事実であるにしろないにしろ、用心しておくに越したことはない。
 放電によってプラズマ化した空気を避けながら鉄塔の膝元へ。四方に策が張られ数メートル以内は立ち入り禁止とされている。しかしどこかの家の庭に鉄塔が立てられている例もあったから、本当に危険かどうかは分からない。
 再び頭上で放電があり、今度はその一部が雨粒を飛び石にして僕の足元で爆ぜた。幽体を電気が通り抜けた感じも熱さもないけれど、いきなり来るとやっぱり恐い。
 しかし、今度は僕以上に恐がった人間が近くにいた。買い物帰りらしい親子連れで、子供の方が僕を指差し何か喚いている。幽霊、幽霊、ガラスみたいな人がそこにいたよ。母親は軽く顔をしかめて僕と視線を交わらせるが、姿を捉えることはできなかったみたいだ。放電の関係で僕の幽体が実体に近づいたのかもしれない。
 子供は納得が行かないらしくしばらくその場で愚図っていた。母親はそんな息子の手を引いて家路を急ぐ。摂氏零度の世界から早く抜け出したいのだろう。誰だってそう思うはずだ。
 僕もこれ以上人に見られたくなかったし、糸に引かれる感じがしたので元の場所へ帰ることにした。覚醒が近いのだ。冬の空気も雨も嫌いだけど、いつまでも幽体のままいることは出来ない。
 最後にもう一度鉄塔の上まで飛び上がり、輪郭のぼやけた町を一望してから僕は糸の引く方へ足を向けた。
| どうかしてしまった小説 | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジェットロブスター
時をかける少女の何か「ちょっと出かけて来る」「晩ご飯は?」「それまでには戻ります」「それじゃメイド喫茶か」ほっとけ。とは言えずにはははまあそんなとこなんて笑顔を見せ颯爽と秋葉原へ赴く。このところ我が家でよく目にする風景であります。もちろん出かけるのがキリハラ、メイド喫茶を言い当てるのが父上ないし母上です。帰って来ると「今日もメイド喫茶?」とか訊かれて返答に詰まることもしばしば。まさか「メイドじゃなくて猫だよ!シスターもあるんだよ!」とは言い返せないしそのつもりもありません。父上には理解出来ぬと首をひねられ母上からは何が楽しいのか懐疑の眼差しを向けられ、それでもメイドさんやら猫やら妹やらシスターやらの元を訪れるキリハラは一体何なのか。あまつさえ東京に出て来た友人を誘い始める始末。一人気ままに読書をするという本来の目的は既に見失われつつあり、今は秋葉原のメイドカフェをコンプリートする義務感とマンネリ感しかございません。そうは言っても紅茶ないしカプチーノにケーキをワンピースつけて、それをお供に読書をすること自体は楽しいものでありますから、今後もメイドカフェ行脚は続けられることでしょう。本音を言えばもっと近くにあるコムサカフェの方が安くていいのだが、ここまで来ておいて今さら引き返す道などあるはずもございません。男キリハラ、メイドさんと浮沈を共に致します。嫌だなあ。
 本日は以前訪れた緊張感のある店に友人を連れて行きまして、そいつはメイドさんに興味津々だということだったからさぞかし浮ついた態度を見せてくれるものと期待していたところ、全くそういったことはございませんでな、勝手にはちみつ檸檬を飲んで景気の悪い話を一通りしてからは眠い眠いの一点張り、恥を忍んで誘ったこちらはたまったものではない。しかも荷物を預けたロッカーキーを紛失しており、それを誰かに拾われてロッカーの中身を全てパクられる醜態まで晒し、もっと言えばその騒動のおかげで友人との食事会に遅刻する羽目になりました。殺してやる。荷物の中には着替えの服の他にiPod、任天堂DSといった高価な代物も入っていたとのことで、彼の被害たるや尋常なものではありません。トラブルに慣れている友人のこと、それほど凹まずに笑い話にするくらいの意気込みだったから良いものの、ナイーヴな神経の持ち主であれば向こう一週間は負のオーラを出すところであります。その点で言えば連れて行ったのが打たれ強い男で良かった。しかしメイドさんに鼻息を荒くしなかったのはやはり許せない。初見なんだからせめて落ち着かない素振りくらいは見せて欲しいものであります。
 それはそれとして、昨日も秋葉原に足を運び同人誌販売チェーンとらのあな本店にあるCafe with Catで茶を飲んできました。ここはスタッフが猫であり、魔力(ポイント)を得ることで色々な魔法(サービス)をしてくれる困ったお店なのですが、今回は何やら月の満ち欠けの関係から魔力を授かっているということで、本来ならマスター(客)の魔力(五百円一単位)を渡して変身魔法を使わなければ叶わない衣装替えが可能になるらしく、猫達は普段と違った衣装でマスター(客だ)をお迎えしてくれるのでありました。こういうのは書いているだけで頭痛がしてきますな。また、それに伴ってスペシャルメニューも用意されているということでしたので、早速メニューに目を通し、スペシャルなオレンジショコラとスペシャルなダージリンを頼みましたら別にスペシャルでも何でもねえケーキと紅茶が出て来ました。合わせて七百円也。紅茶やらコーヒーはケーキを頼めば百円プラスで付けられるサービス設定。値段だけは良心的です猫カフェ。あと、相変わらず客は少ない。読者諸賢が秋葉原制覇に乗り出すなら先ずこの店から始めるのが良いかもしれません。
 そんでCafe with Catはポイントカードにマスターネームの欄があり、そこに記入の上紙ナプキン立てにカードを突っ込んでおけば名前で呼んでくれるという話だったので初回の会計時に名前を伝えて今回はいつになくウキウキしながら来店、カードをスリットに放り込んだのですが最初から最後まで一度もキリハラ様とかマスターキリハラとか呼んでくれませんでした。とても恥ずかしい。死んでしまいたい。
 魔法も使ってみました。一ポイント(単位はカラット)で仕える紹介魔法、任意の猫が手書きの名刺をプレゼントしてくれるものです。緊張がちに猫を呼び止め「僕の魔力をあげる。だから君の名前を教えて欲しいんだ」なんて言う訳ねえだろう、紹介魔法をお願いしたら誰がいいか聞き返されたのでとりあえず「あなたです」と答えたらばいそいそと書き物をして、恭しく差し出してくれました。それはいいのだが渡す際に唱える魔法の呪文が恥ずかしいのか知らん、ぼそぼそと聴き取り辛い声量で噛みながら言うものだから、またもや恥ずかしさで死にたくなりました。店を去るまで人と目を合わせられませんでした。
「ぷにゅぷにゅむにゃむにゃもごもご何とか、魔法でポン!」魔法でポンとは言わなかった。言わなくていいからせめて恥ずかしがるのはやめて欲しい。勘弁してください。客として立つ瀬がありません。そういうこともあるので、皆さんも魔法をお願いする時は気をつけた方が良いですよ。
 そう言えば今月から新たな魔法が追加されたそうです。知るか馬鹿!
| 悪魔超人の食卓 | 01:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
アテネ・ドイッチェ
舞城王太郎 いきなり自己言及的な話もどうかと思うが、昨日の記事はひどかった。おそらくここ一年の間に書いた記事の中で最もクオリティが低かったのではないだろうか。それが証拠に朝方PHSからeMacマイラヴに送られて来る未来の自分宛メールも「昨日の記事はひどい。それとバックアップの話を書いてないから書け」なんて罵倒文のみだった。バックアップというのは、二代前のiMacが突然動かなくなって卒業論文の文章データやら書きかけの小説、mp3の数々が雲散霧消するという悲しい事件を良き糧とした、ハードディスク内の必要データを外部ストレージへ移してやる作業を指す。最初はCD-ROMでやっていのがそれではとても追いつかなくなり媒体をDVD-ROMに変更、更には二十ギガバイト近くに上る音楽ファイルをDVDに逃がそうとしたらそれだけで四枚も使うわけで、それは考えるまでもなく非効率だからと言ってゴールデンウィークに百六十ギガバイトの外付けハードディスクを買い、さあいつ本体が壊れてもいいように毎月データを保存しようとなったのだが怠け者のキリハラはそんなしょっちゅうやらんもんだから外付けさんは哀れ埃まみれの姿を晒し、さすがに可哀想と思う気持ちが芽生えたので音楽ファイルを一気に二百ほど増やした昨日、ついでにバックアップをとってみた。その間実に三十分。だったら毎月やれよ。というわけで今後はもう少し期間を狭めてマイラヴeMacのご臨終に備える体制を立てる所存である。
 などと決意してみたところでウィンドウズユーザーが一年に一度くらいしかデフラグをしないのと同じ理屈が行く手を阻むのは目に見えている。どう足掻いても勝ち目がない。面倒くさい。誰かに命令されないと動かない。締切が来ないと仕事をしない。はいはいやりますやりますなんて言いながら頭から締め出しいつの間にか無かったことにしている。典型的な普通人であると思う。
 それで昨日の記事がつまらない話。何だかバックアップ云々で気勢を削がれてしまったからやめます。誰もキリハラが自虐史観に陥っている文章など読みたくないだろうし。
 さて、Jリーグが一部二部とも佳境である。一部の優勝は八割方浦和レッズが獲得しそうな雰囲気で、二部に落ちるクラブは京都サンガが確定、アビスパ福岡とセレッソ大阪のどちらが入れ替え戦(※)に出るかはまだ分からずなかなか見物というところ。一方の二部は一つの勝ちで順位が入れ替わる勝ち点差の中に三チームがひしめき合っており、最後まで予断を許さない状況と言える。その中で一歩抜け出しかけているのが横浜FC。スポンサーの撤退により消滅した伝説のクラブチーム、横浜フリューゲルスの再来である。
 横浜フリューゲルスはJリーグ創設時から一部に在籍していたクラブで、年によって上下はあれど概ね中堅の位置を保持していた。天皇杯で一度とアジアでのカップ戦で二度優勝したことがある。ところが九十八年度にメインスポンサーである佐藤工業が経営不振から撤退した。残った全日空に単独でクラブを支える余力はなく新たなスポンサーも決まらない。サポーターも経営陣も懸命の努力はしたようだが、事態を打開するには至らなかった。結果、同市のクラブである横浜マリノスに合併されることが決まる。同年一杯で横浜フリューゲルスというクラブは消滅することとなった。
 消滅が確定して後、フリューゲルスはリーグ戦カップ戦を通して一試合も負けることがなかった。特にカップ戦では当時最強クラスだったジュビロ磐田、鹿島アントラーズを立て続けに下すなど鬼気迫る戦い振りを見せた。そしてリーグ戦が終了し勝っても負けても最後の試合となる天皇杯決勝戦で〇対一から見事な逆転劇を見せ、有終の美を飾る。伝説のクラブと言われる由縁はここにある。
 その後、吸収合併した横浜マリノスはフリューゲルスの頭文字をとって横浜・F・マリノスと改名し、これにより一連の流れが終局を迎えたかに見えた。しかしサポーター、関係者は横浜フリューゲルスの夢を諦めることなく新たなクラブチームを設立する。それが横浜FCである。横浜FCは瞬く間にJリーグ三部に当たるJFLで上位に食い込みJリーグ二部へ昇格、直後は苦戦していたものの地道な強化活動によって少しずつ力をつけて来た。そして今期、とうとう一部への昇格圏内に足を踏み入れたのである。
 Jリーグ二部は残すところあと二試合。現在首位をキープしている横浜FCは、順当に行けば入れ替え戦なしで自動昇格するだろう。その時、フリューゲルスの夢は一つの節目を迎えることとなる。全てを破壊され、焼け跡の大地に撒いた種。かつて咲いていた花を想う人々が丹念に水をやり続け、今新たな花が開こうとしている。開いた花には今まで以上の強い風が吹き付けるに違いない。しかし、彼らには一度失った過去がある。喪失を乗り越えてきた自負がある。それらを力に変え、来るべき強風を跳ね返して欲しい。とまでは思っていないことに今気付いた。
 敬愛する物書きさんの意見に対して書きたいことがあったのだが、それは明日か明後日くらいにします。Jリーグの話で記事が出来てしまった。

※:一部と二部はそれぞれシーズン終了時に下位上位二チームずつが自動入れ替え、一部の下から三番目と二部の三位がホーム&アウェイの入れ替え戦に臨む。
| 悪魔超人の食卓 | 00:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
記4th
ノイバウテン ここ数日、寝ようとすると海外サッカーのことが頭を占めるようになり、布団にくるまりながら毎晩のようにサッカー選手の名前を思い出そうと必死の格闘を始めるため寝付きがとても悪くなりました。そんなものは毎度のごとくPC宛に電子メールを送るなり何なり明日に持ち越すことにしてとっとと就寝に集中してしまえば良いという話もございますわけで、なるほどそれは正論かもしらんと片手を冷たい真夜中の空気に晒しPHSのキーをぷちぷち叩きメールを送るには送るのですが、しかし以前はすらすら思い出せた事柄が出て来ないのは気に入らないものですから、結局思い出すまで苛々と落ち着かず寝返りを繰り返すのでありました。結果出力された名前は皆様にとってどうでも良いものでしょうから割愛するとして、記憶の引き出しから忘れかけた事象を取り出す作業は脳の活性化に繋がるかもしれません。これからもどんどんやって行こう。とはいえ、元を辿れば忘れかけていること自体が問題です。興味の対象から外れているにしろ、一応人の名前くらいは大脳皮質に焼き付けておきたい。それが出来なくなっているのは年なのか単に惰弱さが表出しただけなのか。どちらにせよ脳細胞にとって良からぬ事件であることは間違いなく、少しは危機感を持つべきなのかもしれません。
 そんなこんなで寝不足気味のキリハラ、本日は記憶の更に奥底にたまって溶解しかけている思い出、ゲーム関係のサウンドトラックをCDラックの一番下から引っ張り出してひたすらマックに取り込ませておりました。『風のクロノア』だの『悪魔城ドラキュラX』だの『電脳戦機バーチャロン』だのキリハラが高校から大学にかけてハマったゲームばかり十枚以上、途中で何をやっているのかという虚無感を覚えつつも、割にウキウキしながらの作業でございました。そんでもって取り込んだ音楽を聴いてみると、さすがにゲーム中心で人生を回していた時代の産物、当時の血眼姿が思い出されて懐かしさを覚えると共にお宅族としての自分をきっぱり見せつけられて、一度お宅族になった人間は二度とそこから抜け出せないことを思い知りました。テクノを聴きジャズを聴き村上春樹を読み池澤夏樹を読みル=グウィンを読みまともな服を着てみても、ふと気付けばお宅族の泥沼に足を突っ込んでいる。ある種の業と言っても差し支えないでしょう。大学生活の中盤から終盤にかけて必死にお宅族からの脱却をはかり、秋葉原を否定し、コムサやらGAPで無難なファッションを身に付けたキリハラですが、結局芯は変わっていなかった。青春時代に根付いたオタク根性はゲームをやめてもアニメを見なくなっても朽ちることなく復活の時を待っていたのです。
 だからと言って今現在の環境でゲーム三昧の生活に復帰できるかと言えばそうでもありません。その点が救いであります。もしも自分の部屋に専用テレビとプレイステーション二なんか置いてあったら、とっくの昔に引きこもりゲーム廃人に成り下がって小説を書こうとすらしなかったんじゃないかしら。いわんやウェブログなど時間の無駄と断じて切り捨て、メイドさんにも愛想を尽かし一人寂しく暗黒の青春を送っていたに違いありません。しかるに現在のキリハラを振り返ってみればライトノベルなど読み暇があれば秋葉原に出かけてはいるものの、完全にお宅族サイドへ倒れ込むことを阻害するメンタリティを持っている。それは大学で培った物事への態度であり、プライドであり、創作への執着なのでしょう。泥沼に頭まで漬かったら多分創作はできない。今も出来てないけど、それ以上に出来なくなる。そう考えると大学時代に感謝の思いが溢れてきます。
 それはそれとして、本日引っ張り出してきた楽曲共はやっぱりいいものばかりに思えて今でも胸が高鳴っています。ゲームミュージックニアリーイコールオタクミュージックではあるが、オタクミュージックイコール駄作は必ずしも成り立たない。『クロノア』はファンタジックだし『ドラキュラX』はゴシック風味があるし、『バーチャロン』だってスピード感が溢れていて格好良い。普段はポストロックだのエレクトロニカだのロックンロールに現を抜かしているキリハラ、これからはゲームミュージックも大事にしてやろうと思った次第であります。
 しかしまあ、毎日こう下らない日常報告みたいな記事ばかりだと書いている方も段々とモチベーションが下がります。梃入れが必要かもしれません。長らく放置していた真名四拾八手やら創作をどんどん絡めて記4に活気を取り戻して行きたい。決意を新たにしつつ、明日は猫かメイドさんに会いに行ってきます。
 ところで「病気 症状 犬 子供 猫 金魚 目 脳」という所からトラックバックが来ました。すごいよな、このネーミング。マキシマムザホルモンの名曲「包丁・ハサミ・カッター・ナイフ・ドス・キリ(以上全てが×で消されている)』を思い出しました。
| 悪魔超人の食卓 | 01:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
ならしょうがねえな
Cinematic Orchestra ブックマークに入れて毎日百回くらい訪問しているウェブログさんの記事に、「人間っていうか自分の中にあるものは後天的、ア・ポステリオリなものであって生まれつき備わった性質なんてないんじゃねえの?そうだ、その通りだ!だからとりあえず自分の芯を見つめるのはやめて、経験によってどんどん新たな性質を貼り付けて行こうぜ!」みたいなことが書いてあって、まあ先天性の欠如については賛成しかねるものの、現状の自分に対してプラグマティックに接して行こうという態度には思わず首肯させられた。そうだその意気だ!自分探しなんざ糞食らえだ!というところまで来て近頃の自分を振り返ってみたら自分探しに拘泥していたことに気付き非常に気恥ずかしくなった。でもよ、小説書けないんだから原因を内側に求めるのはしょうがねえじゃんよ。なんて言い訳は自分にすら通用しないのでこれからはキリハラも外側に興味を向けてペタペタ斬新な付箋を貼り付けて行くことにした。
 人間は内面的な某かをア・プリオリに持っていない点に賛成できないのはもちろん生命として誕生した瞬間から誰もが固有の精神を持っているのだとキリハラが信じているからであって、別に彼の物書きさんが気にする必要はないのだが、一応言及しておく。
 それは別に大したことでも何でもなく、人間は無からではなく要素要素のブレンド、もっと端的に言えば両親及び先祖代々の経験の蓄積から生まれるという簡単な話である。子供は親の遺伝子を組み合わせて作られる。親は祖父母のミキシングにより生まれる。その繰り返しが人類の母まで続く。では最初の人間は無個性だったかと言えばそういうこともなく、人類の可能性を既にその身に宿していたのではないかと思う。ということは、人間存在は初めに全てがあり、そこから引き算していった結果なのだろうか。答えはノーだがとりあえず話だけ進めることにする。
 人類の母が全ての精神要素を持ち合わせていることは、彼女がオールマイティであることを意味しない。要素を持っていても発現するものとしないものがあるからだ。その意味で、人類は始まりからして欠損していたことになる。その代わり、彼女の息子ないし娘には彼女の人生で発現しなかった要素が備わっているかもしれないし、逆に彼女が持っていた何かを失っている可能性もある。
 可能性の全てを因子として保持し、発現、欠損を繰り返して行くに従って、各要素の発現可能性が絞られて行くことになる。いわゆる優性遺伝はこれに当たると思う。そうすると人類に無段階のグループ分けが為される。Aのグループは人に優しくなりやすい、Bのグループは物事を冷静に処理出来る、Cのグループは怠け者といった具合。代を重ねるに従って発現可能性の差異は膨らんで行く。
 ではどこかの段階で要素の一つや二つ、完全に消滅してしまう可能性もあるのではないかと訊かれれば、それは多分違うのではないだろうか。というのは、遺伝子の数が確定しており、人間はその要素要素が発現するか否かで決定されるからだ(よね?)。人間は全体のスケールがア・プリオリに規定された上で、各スイッチのオンオフをもって各自の形を成す。それは肉体の組成、遺伝病といった外形的なものだけではなく精神にも及ぶ。人間が引き算によって確定する論にノーと答えたのは、この事である。
 つまり、人間はそもそも精神の有り様に関する全ての因子を最初から保持していて、それらの発現ないし欠損の仕方によって個性が現れるのである。
 もちろん因子のオンオフはア・ポステリオリに変化して行く。経験が人間を成長ないし堕落ないし移動させる。人間は、生まれ持った個性に人生を加えて自分を形作るわけだ。精神にはア・プリオリな性質が不可欠であり、同時にア・ポステリオリな部分も存在する。そうでなければ、例えば記憶を全て失った時に精神が存在しなくなってしまう。
 というわけで、繰り返しが多くなってしまったけれども、やっぱ人間経験だけじゃないんだと思うよ。
 ああ、遺伝子と精神論の話がごっちゃになってしまった。論点もずれている。すいませんねいつも。それにしても最近真面目な話を書く時に思考が理路整然としてくれず、とても困っている。言ってしまえば物を考えていないだけなのだろうけど、だったらどうすりゃいいんだこの野郎。睡眠過剰か。興味失速か。畜生今に見てやがれ!叫んで窓から飛び降りたキリハラをホモの友人が優しく受け止めた。この接触を機にキリハラは性同一性障害への道をまっしぐらに進むことになるのだが、それはまた別の話である。
| 悪魔超人の食卓 | 01:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
病名はゴッド貧血です
Boards Of Canada 別段皆様にお伝えするような事件も起きず、ウェブログの執筆から目を逸らし続け漫画など読み昼寝をしサッカー五輪代表の試合をテレビにて観戦し風呂に入ってさああとは寝るか書くかの二択だどうしよう、いっそ今日くらいは逃げ出してしまおうか、いやそんなことをしたら、稚魚を川に放してやって待つこと三年、オホーツク海での過酷な体験を経て南下、川を遡上し釣り人の網にかかるべく成長した鮭をみすみすヒグマの餌にしてやるがごとく、毎日毎日使えない頭をぶん回し更新を続けてきた成果なのか糞っ垂れトラックバックボックス参加の報酬なのか知らん、とにかく少しずつではあるものの増え始めた読者諸賢にまたぞろ愛想を尽かされてしまうのではないかと強迫観念にかられ、ハロゲンヒーターに背中を晒しながら冷たい汗をかき半笑いでディスプレイと見つめ合っているのがキリハラであります。ここまでで既に一杯一杯なのはお分かりいただけましょうが、自分で決めた規定字数があるのでもう少しお付き合いいただきたい。
 空白を埋めるだけならば電撃文庫で大好評を博し漫画化更にはアニメ化までされた小説『しにがみのバラッド』のように一文ごとの改行、文は短文のみという形にしてみればあっという間に埋まるのかもしれません。しかしキリハラがそれをやると味も素っ気もない文章が出来上がってしまうのが目に見えているから手を出さないようにしてきたし、多分今後もその態度は改まらないでしょう。それに多分、記4にそういう体裁は似合わないと思うんであります。無愛想な文章を改行だらけにしたら無愛想さが一層際立つことでしょう。そうしたら誰も読んでくれないに決まっていますから、とてもじゃないが恐くて手を出せません。
 本日は気温も高く十一月の半ば過ぎにしては生きやすい一日となりました。怠け者のキリハラは午前五時、六時、七時半と三度に渡って目を覚まし、三度目にしていい加減起きねばどうしようもなかろうと覚悟を決め、朝食をとっとと喰らってしばしインターネット空間にて無駄な時間を過ごしたりソリティアやらマインスイーパー、引きこもりの友と遊んだりして、しかしそれだけでは人間としていかんものだから、区営プールに行って平泳ぎ一キロ、いや嘘です五百メートルのノルマをこなし、その間にのんびり泳いでいるおばちゃんに対して危険な追い越しを仕掛けて腹を蹴り飛ばし監視員に笛を吹かれ、気付かぬ振りをしてウォーキングに興じていたらゴーグル越しにきつい一瞥を喰らったりもして、ばつの悪いまま家に帰り、昼寝を三度、昼食を一度とり、全く活字に触れぬまま夜を迎え、最初に書いた通りサッカー五輪代表の親善試合を横目に見ながらたまっていた洗濯物をハンガーから下ろし、畳み、風呂の準備をし、洗い物を済ませ、洗濯機に充満していた新たな洗濯物を部屋干しし、夕食をいただいて後、せめてメルマガと小説くらいは読もうと思っていたのですが、結局フライング販売の少年マガジンおよびサンデー、ついでにジャンプも読み返していたらいい時間になってしまったので日課である腹筋腕立て股上げをして一汗かくと自分で湧かした風呂に入り、安眠茶と寝る前の薬を粛々と飲み干し現在時計をチラ見しながらこうして形だけの文章を書き連ねている次第です。夕食はサツマイモの天ぷらに何の刺身、芋にベーコンなど練り混んで整形後焼き上げたような食べ物、味噌汁に銀シャリ。我が家は夕食に際して必ず最低三品のおかずが出て来ます。子供の頃は当然のように思っていたこの食生活、人様の話を聞いてみると案外恵まれた環境のようです。連れの家は、いやまあ人の食生活を暴露することはやめておきます。
 それはそうと、今月頭から書こう書こうと思いつつみんな書いているだろうから書きたくないのと他に書くことがあったのですっかり失念していたことには、クリスマスシーズンですね。お祭り大国日本は十月の末日まで約一ヶ月間がハロウィン、それが済んだら二ヶ月近くクリスマスということになります。似たような事を去年も書いたような気がします。で、クリスマスが終わればお宅族のお祭りというか最近では聖戦と呼ばれているらしい、国内最大同人誌即売会コミックマーケットへのカウントダウンであります。特に今年の冬コミなどは二十九日から三日間開催ということで、大晦日まで行われるわけです。まさにカウントダウンイベント。故・米澤氏が退任してから初めてのコミケですから色々混乱などもありましょうが(※)、どうか静かに片付いていただきたいものと祈るばかりであります。夏のように、欲しい物が売り切れていたのを知って「倍の値段でもいいから誰か売ってくれー!」などと叫び、勢いづいて胃の中身を逆流させた挙げ句担架で運ばれて行くなんていう悲惨な事件は二度と起こらないで欲しい。
 そんなわけで今年の秋葉原は大晦日までむさ苦しい人々でごった返すでしょうから、汚れたくない方はせめてクリスマス前までに秋葉原巡礼を終わらせておくのがよろしいかと存じます。メイドカフェの情報を知りたければキリハラまでご一報を。

※:既に波乱はある。普段は確実に受かるような大手サークルや大手企業が次々落ちている。
| 悪魔超人の食卓 | 00:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
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