2010.01.16 Saturday
グライダー、グライダー
いい加減読者諸賢は気が付いているだろうし、キリハラ自身も隠す必要を感じなくなったこともあって、そろそろ書いてしまおうと思う。午前四時。朝にも夜にもなり切れない空白のような時間帯がそれにふさわしいかどうかはよく分からない。まして読者の方々(まだいらっしゃるなら恐悦至極)が読まれる時間に合った話題なのか、読んだことで引くことになるのかどうかは尚更分からない。でも書く。暇だし。何を書くかというと、キリハラが病気と認定されてから本年でめでたく五年の節目を迎えることである。五年と言えば小学校に入学した生徒が最高学年にまで上り詰め、旧ソ連の五ヶ年計画が成就しコルホーズが成立する、また五ヶ年計画というと他にも中国を始めベトナム、インドでも行われており、旧東側の国々ではメジャーな政策であったと言えるがそんなことはどうでも良く、それだけの時間をキリハラはウェブログに費やしたり大した量でもない本を読んだり、その中には、両親から命ぜられた病気に関する本があったり、嫌々それらを読んで症状が悪化したり、症状が最悪の時期に高校時代の同級生が遠く太平洋の向こうからさんざっぱらキリハラの生活を乱してまたぞろ症状が悪化したり、そいつと同窓会で顔を合わせた後に二度と会わない旨を伝えたら半年に渡って「殺しに行く」といった剣呑な内容のメールがひっきりなしに飛んできてまあたまたまた症状が悪化したり(今も飛んできているかもしれない。刺激するのが面倒くさくて着信拒否にしたからもう現状は不明)、生産的なことは何一つせず、寝たり起きたりまた寝たり、文章の安定化と底上げ程度しかやって来なかった挙げ句金もなくなり仕事もままならず、まあそういう誰でもする話はいい、兎にも角にも長い時間を無為に過ごして参った。両親との諍いも多かった。布団を被って泣いていた。そんなどこにでもある話だがまさか自分の身に起こるとは思ってもみなかったし、最初に認定された時は辛い場所から解放される程度の認識だったこともあって、五年経った今、やっと自分が病気になってしまったことを認知出来ている。 キリハラは鬱病である。みんな、多分知っていると思うけどね。 今まで直接的に書かなかったのは記4が告解の場所ではないとの認識、キリハラのドバイ建築ばりに高いプライド、あとは冒頭に書いた通り読者諸賢が引かないか心配だったから。とは言え箱庭療法を受けるだのなんだのの記述があったことからとっくのとうにキリハラの状態など理解しており、必死に核から逸れた場所を行こうとしている姿に苦笑された方もいらっしゃるかも知れない。だとしたら申し訳ない。謝る必要はないのか。 ただ、病気になってしまったような書き方をした後で何なのだけれど、子供の頃から病気とは行かないまでも、今思えば明らかに人と違う気鬱を持っていた自覚はある。また、気鬱と共に、半年に一遍訪れる「万能の一週間」と自身で名づけた短い期間も存在した。思えば半年に一度だけ躁状態に陥って寝なくても平気な精神状態を手に入れ、しかもその事を自覚していたのは躁鬱気質以外の何者でもないと今振り返れば捉えられる。そして、同じように自分の気質は危ういとも感じており、いつか折れて二度と自分が持っている領地には戻れないことも薄々分かっていた。そんでもって薄ら寒い予感は大当たりだった。 キリハラは、自分が義務と感じた事以外は好きな物事としか向き合わない惰弱な人間で、今もそれは変わらない。だから学校を出てしまったら何処かのタイミングで折れると思っていたし、事実そうなった。社会人を始めて二年と少しの間は騙し騙しでも楽しく過ごせていたからもしかしたらと期待したものの、ある時を境に坂から一気に転げ落ち、再度上る気力もなく現在に至る。では何故そこで別の坂を上る努力をしなかったのか。そこがキリハラ最大の気質的問題だと考える。一言で言えばキリハラは予想していたことだから、自分の人生は取り敢えずここまでと思ってしまったのである。我ながら酷い話である。まともに働いている方々が聞いたら、今からこいつを殴りに行こうと画策するかもしれない。 しかしながら一旦折れはしたものの再度挑戦する程の気概は四半世紀生きた十八歳の青年に残っており、潰れに潰れて最後会社を首になってから半年足らずで再就職したことだけは評価されてもいいように思う。また半年で首になったけど。ここで、はてと思われた方もいらっしゃろう。何故ならキリハラは当ウェブログに長い間会社のことを書いてあったからである。結論から言えば、あれ全部嘘。時系列的に読み返して頂けると分かるのだが、一昨年の暮れ辺りはキリハラ大体嘘を吐いている。会社であれこれあったと書きながら、実際には既に無職の身であった。騙されたかね、君。 騙されて下さった方には申し訳ない。謝るから許して下さい。必要なら頭を下げてもいいんだよ。 何だか書いている内に楽しくなってきたのだが、つまりこの記事で何を主張したいかというと、キリハラが虚も実も失って最後に残されたのが文章だったのである。 いや話がいきなり飛躍してしまった。キリハラは二度目の会社勤めに失敗した後一年程就職活動をしていたのだが、如何せん不景気であるし二社目の在職期間が短い、経理ながら特殊な位置づけにいた、覇気がない、等々あって上手く行かず、二度の潰れの原因が特定出来ずにいたこともあって、昨年末から先ずはアルバイト、そして社会人に復帰するプランを家族会議にて決めていた。それから何社も蹴られたのち受け入れてくれた深夜バイトが今年始まって、さて現場に向かおうとの段になって発作とかブランクとか色々なものから来る強烈な気鬱、要するに会社で潰れた、具体的には朝目が覚めても辛くて出社出来なかったのと同じ状況に陥った。そこは散々難儀してどうにかこうにか初回の業務をこなし、二回目も吐き気を催しながら潜り抜けたのだが、本日三回目の現場があって、行くまでは何とか落ち着きを保っていたからこれは慣れてきたのか、社会性を取り戻したかと安心したのも束の間、現場に入ってから一時間ほど待機時間が生まれ、古き良きライトバンの中、社員含め六名で座っていたら今までにない気鬱が『ワルキューレの騎行』と共にやって来てしまい、運がいいのか悪いのか現場が都心部だったことから社員に嘘を吐いて逃げ出して、連れの家に転がり込んで今こうしてウェブログなど書いている。そろそろ現場は片付いて「あいつ大丈夫かな。辞めるかな」等と噂されているかも知れない。そうでないかも知れない。いずれにせよ、以上の経緯を経て残った生活の糧が文章だけなのではないのかと、こういう次第なのである。これでも飛躍しているか。生きる覚悟が足りないか。うん、その通りかも知れない。 勿論まだプロではないものの、昨年仕込んだ仕事が成功すれば全国デビューと相成るし、他にも鉱脈を探して何とかやって行く覚悟はある。人生の半分を文章に費やしてきた成果か、これに関してだけは何をしようと何を言われようとどんな扱いを受けようと辛くはなく、外に出て行って打ち合わせも出来る。まあ打ち合わせで酷い仕打ちを受けたことはないけれど、何とか乗り切れる確信はある。とは言ってもまだギャランティが発生した訳ではないし、それまでは何らかの手段で生活を維持しなければならない。連れにも定期収入の件は婉曲的に触れられている。ではどうするか。次回の現場に行けるのか。実際の所、そんな先のことは分からないため夜が明けたら医者と相談、親と相談、連れと相談してみるつもりでいる。今まで堕落した生活を送って来たその後で、万城目学みたいにモラトリアムをくれというのはなかなかにして図々しい話だし、やっぱりアルバイトしなきゃいけないんだろうなあとは思っている。 真っ当に生きていらっしゃる方々から見れば言い訳がましい贖罪的文章であろう。すいません。鬱病で苦しんでいる方々にも申し訳ない。こんなんなってごめんなさいとしか言えません。 今は、早く印税様になって恩返しやら見返しやら踏ん反り返しをしてやろうと意気込みつつ、来週火曜の現場をどうするか悩んでいるところである。 キリハラはグライダーなのでエンジンがなく、好き嫌い以外自分で決める事が出来ない今風の惰弱な気質だけれども、生活手段として唯一決められたのが文章だから、自分も言葉も何とかしてやりたいと思っている。勿論、連れもね。 |
いい加減読者諸賢は気が付いているだろうし、キリハラ自身も隠す必要を感じなくなったこともあって、そろそろ書いてしまおうと思う。午前四時。朝にも夜にもなり切れない空白のような時間帯がそれにふさわしいかどうかはよく分からない。まして読者の方々(まだいらっしゃるなら恐悦至極)が読まれる時間に合った話題なのか、読んだことで引くことになるのかどうかは尚更分からない。でも書く。暇だし。

