記4

ここは、わたくし(名)キリハラが新ふゆきょうの宣伝をしたり挫折したり
呪いの言葉をぶちまけたり誰彼かまわず攻撃したり
あなたと仲良くなったりするウェブログです。嘘ばかり吐いてゐる。ホ、ホ、ホ。
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T.K.G.+
いしいしんじ 前記事に引き続き小説の項であります。前作の方が本腰を入れております。いや全ての作品に全力を込めていると、その上ででございますよ。

   T.K.G.+(莫)

 香奈子は目覚めてベッドから降り、腰に力が入らないことに気づいた。クリスマスイブのせいだとすぐに彼女は考えた。
 春海はスリップにパンツを穿いただけのあられもない姿のまま窓の方を向いて寝息を立てている。カーテンの隙間から漏れる濁った朝日が顔に直撃しているにもかかわらず、起きる気配は全く見せない。香奈子のため息が寝室に広がる。
「また朝ごはん当番私か」
 目覚まし時計をかけた時刻まではまだしばらくの猶予があり、クリスマスの朝食を彩りあるものにする余地は残されていた。特に昨晩食べ散らかした鶏肉その他諸々を使えば、昼間は肉食動物の春海を満足させる献立が出来そうだった。彼女の様子を見れば火を使ったところで起きてこないのは明白である。
 しかし、と香奈子は思う。抜けかけた腰で豪勢な朝食を拵えて春海に満足を与えた挙げ句、その後自分が会社でふらついた姿を見せる訳には行かない。ただでさえ男子社員の誘いを片っ端から断り続けて不愉快な噂を立てられる一歩手前なのである。それならばストレッチでもして三十に差し掛かろうという曲がった身体を整えた方が良い。
「春海ぃ」
 寝室を出る際の呼び掛けに春海が微塵も答える気配を見せなかったことで、彼女の意思は固まった。
 だらしなく尻を掻きながらキッチンへと向かう。リビングには酒瓶が何本か置きっぱなしになっている。テーブルの上に二本、ウィスキーとラム。香奈子の提案したワイン説はあっけなく却下され、ローストチキン等に合わせられる酒は蒸留酒に決定され、最初はロックグラスで慎ましやかに飲んでいたのがやがて氷も入れなくなり、結局毎年のごとくラッパ飲みに落ち着いたのを思い出して無意識に表情が曇る。いつか酒瓶を一本残らず排除して自分の色に染めてやろう。
 いや多分無理。
 香奈子は即座に否定する。リビングにいる間、イニシアチブをとるのは常に春海なのである。
 完全に溶け切った氷を一応冷凍庫に放り込み、冷蔵庫を開けると先ず飛び込んできたのは冬季限定缶ビールの山だった。白地に雪の結晶が舞う女性的なデザインはどうにも違和感を覚えてしまう、と考える。三十前後の女性がビールを飲む時、そこにスリムさや爽やかさを盛り込もうとするのは無駄な足掻きのように思えてならない。
「どう?」
 最早声の届かない同居人に向かって香奈子は問い掛けた。
 使えそうな食材を適当に探して賞味期限を確認しながらキッチンスペースに並べて行くと、いつも通りの質素なグラデーションが描かれた。どこかのCMで朝は米だとか主張していたのを思い出し、香奈子は苦笑した。米は米でもそこに味噌汁や野菜のおひたしか焼き魚が付いてこなければ意味はない。だが、殺風景な2LDKのマンションに健全な食卓はどう考えても似合わず、せいぜい一汁一菜の一汁を除いた程度がふさわしく思われた。成る程自分達は求道者かもしれない。
「まさか」
 香奈子は冷凍庫から取り出した残りの米を電子レンジにかける。一度空気穴を開け忘れて爆破事故に繋がりかけたので注意しなければならない。合わせてさほど汚れていない卵を二つと、視界の端に入った賞味期限ギリギリのビタミン食を取り出した。
 洗っておいた茶碗二膳に解凍した米を盛り付け、卵他と共にお盆に乗せた所で寝室からけたたましい目覚まし時計の音が鳴り響いた。それと共に悲鳴とも悪態ともつかない叫び声が二部屋を突っ切って届く。思ったよりも早く時間が過ぎていたことに香奈子は驚き、また余計な気を回さないで良かったと安堵した。
 お盆をリビングに運び込むに合わせ、アザラシのぬいぐるみを脇に抱えつつ空いた手で頭を掻き毟る春海が現れた。明らかに睡眠を妨害されたという表情をしており、髪型と服装さえ整えておけばやり手のキャリアウーマンといった風情の彼女も下着姿で髪を乱した状態ではなかなかよろしくは見えない。
「うるっさいなあの時計。買い換えない?」
 香奈子はくすりと笑った。
「あなたが買ったんじゃない。起きられないって」
「香奈子が起こしてくれればいいんだよ」
「私は起こす人生に疲れたの」
「せつねー。せつねーよ。愛がねーよ。私の悲しみを分かってくれるのはくろたんだけなのね」そう言って、黒いアザラシを悲劇のヒロインよろしく両腕に抱きしめる。
 その様子を眺めつつ、春海の分まで卵を割って他の食材と混ぜ合わせてやる香奈子。箸はやや色褪せ、使い方の粗い春海の先は皮が剥がれかけている。茶碗に入ったひびも彼女が洗い物の最中シンクに落として作ったものだ。香奈子は、そういった事柄を気にせず、また同じような失敗を自分がした時に責めたりしない春海を愛する。出来る限り共に居たいと切に願う。昼も、夜も。
「なあんかクリスマスだっつのに質素な朝ごはんだねえ」
「昨日の夜が重かったんだから、このくらいがいいのよ」
「重かった? 何が? 私?」
「食事よ。あなた、私の上に乗らなかったじゃない」
 途端に晴海の顔が赤くなり、ぬいぐるみを香奈子に向かって投げつける振りをする。
「けっ、いつものことじゃん!」
「そうね。寝室を出るとこんなに強気なのに、電気を消したらあれだもの」
「私はネコだからいいんだよ」春海は一旦言葉を切る。「意地悪だな」
 香奈子は指に付いた卵白と卵黄の混ぜ物を舌で掬い取り、箸を置いた。
「食べましょ。こんな格好でなんだけど」
「別にいいよ。私、あんたのつるぺたな下着姿とか好きだし」
「そんなこと……」香奈子の言葉は続かなかった。その後数秒続いた沈黙には多くの感情が込められ、消え、最後に小さなため息へと変わった。
「食べよ」
 香奈子は頷き、箸を動かした。静かに卵かけご飯を掬う彼女とは対照的に、春海の食べっぷりは良く言えば勢いがある。最初からかき込むように音を立ててすする姿は会社でも健在だという。
「まあ、あれだよね」箸を止めて春海が言う。「クリスマスイブはやりまくるに限るよね」
「お蔭様で私の腰は崩壊寸前だけど」
「壊れたら養ってあげるって。極貧生活になるけど」
「今だってお金持ちじゃないわ」
「だからやりまくるんじゃん」
 香奈子は慎ましやかに笑った。冴えない生活と友人は言う。さっさとやめろとも忠告を受ける。しかし、それでもこの不健全な生活は楽しいと思う。「早く同姓結婚出来るようになればいいのに」独り言のように呟いた。
「出来なくても一緒にいればいいんだって」春海は下品にご飯をすすりながら言う。そして、一瞬手を止める。「あっ」
「どうかした?」
「オクラ入れたろこれ」
「うん」


 第一稿手直し版です。殆ど直していない。不健全で生々しいレズカップルの朝を書きたかったのですがまだまだなようであります。
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