2010.01.28 Thursday
パスタを茹でろ、飯を炊け
昔からキーボードはノートパソコンのような薄いタイプが好きで、逆にウィンドウズ系の色々、特に言えば一度日本から撤退した巨大パソコンゲイトウェイの見た目も押し心地もごついキーはあまり好きではない。ではデスクトップなどやめてラップトップ(この表現って使わなくなったよね)を使えば良いと仰る方もいらっしゃろうけれど、ラップトップは値段とスペックのバランスを考えるとデスクトップよりも一段階劣るし、何よりあの薄い液晶画面が心許なくて敬遠していた。今もしている。ので、自腹を切ってラップトップを買ったことはない。それにキリハラは何度も書いている通りマッキントッシュユーザーなもので、ウィンドウズのように手ごろな価格でそこそこのラップトップを買うことが出来ないし、実家でしかパソコンを使わないこともあって置き場所を考える必要があまりない。更にアップルは一般ユーザー向けにディスプレイ―本体一体型のiMacやeMacを発売している訳であって(後者はフェイズアウト)、机のここにタワーを置き、こちらにディスプレイを置き、必要に応じてパソコンラックを買いといったウィンドウズユーザー様が頭を悩ませる事柄にかかずらなくても良いのである。勿論マックプロなどを使うヘヴィユーザーの方は別としても、彼らはそれに応じたスペースとインフラを既に持っているであろうから、さほど問題にはならないと思われる。全然関係ないが、以前アップルのウェブストアでフルチューンしたマックプロの値段を出してみた所、百二十万円を超えていた。うーん、君、それはどうやって買えばいいのかね。ミリオンって何かね。ミリオンダラーベイビーのことかね。クリント・イーストウッドか。更に脇道へ逸れるなら、ジェームズ・キャメロンか。『アヴァター』なのか。貴様、キリハラは観ていないけれどあんな映画が素晴らしいというのか。何でもアメリカでは、華美且つ流麗な映像に心酔し過ぎて醜い現実に戻り切れず、思い余って自殺を図った者までいたそうではないか。それって良い事なんでしょうか。韓国でネットゲームの世界から帰って来られず自殺した引き篭もりと同じなんじゃないですか。もしくは『暗い日曜日』を聴いて自殺した数々の人々に似ているんじゃないですか。そうでもないか。『暗い日曜日』は時代背景が全然違うしね。 話を元に戻すと、キリハラがボーナスで買った新型iMacアイラヴューは往年の日立フローラシリーズを想い起こさせる薄型一体デスクトップで(液晶!)、おまけにキリハラの大好きな薄いキーボードだった。昨今、押す感覚を求めてラップトップまでが高めのキーに設定されている状況を鑑みるに、これは革命的と読んでも差し支えない決断だったのではないだろうか。さすがジョブズ爺さん、やりますな。マウスも能面ながらスリーボタン式の能力を持っているとあって、キリハラは感動し切りであった。何か面倒くさそうだから使わなかったけど。 薄型キーボードの何が良いかというと、手首を浮かせずにタイプ出来ることが一つ。これによってジェル手首置きといった無粋な代物を使わなくて済む。そしてもう一つ、単純に打った時の感覚が気持ち良いのである。オノマトペで表すならば、通常のデスクトップ用キーボードがカタカタないしカカカカであるのに対し、薄型、従来のラップトップ用キーボードはパチパチという音がする。キータッチも柔らかい。ここがいい。指を立てずに、半ば撫でるようにして文章をタイプして行くのは非常に心地が良い。多分好みが分かれる所だと思うけどね。キリハラは好きなのである。ただ、他のマックユーザーが昔ながらのデスクトップタイプをご所望とあらば天下のアップル様も考えを変えなければいけないだろうから、その点は今後の動向を注意して見守りつつ、ラップトップ型キーボードの良さを周囲に啓蒙したいと思う。というかもうしているのだけど、芳しい答えが帰ってきたことは一度しかない。皆様カタカタがお好きなようである。 ただ、昨今のラップトップ低価格化と会社における省スペース化を考え合わせれば、パチパチキーボードに慣れてくる方々が増えるのも時間の問題と思われる。実際キリハラが最後に勤めた企業でもラップトップ化が進んでいたし、連れの会社も同様の傾向にあるようだ(これにはもう一つ理由があって、パソコンを閉じていれば帰った証拠になる)。嬉しい。ディスプレイが液晶の薄型になり、タワーも厚みを失ってきた。次はキーボードではないかと期待してならないのである。 ところでここ一年、キリハラはアル中かジャンキーと間違われることが多い。それは酒を飲む度に泥酔したり、部屋で一人スコッチをすこっちやっていたり、おくすりをのんではっぴーになっていたりするからなのだが、まあ、こうして書き出してみればアル中ジャンキーに他ならないから反論の余地一切なし。困ったものである。しかもその一方で、止めるべき立場にあるはずの連れも時折頭の悪い酔い方をしてキリハラの実家に押しかけてビールを飲んで帰ったりしているのでなかなかキリハラを止められず、質の悪い二人組となっている。やれどうしたものか。繰り返すが、困ったものである。そして読者諸賢がご想像の通り、この文章はお酒を飲みながら書いている。ビールである。アサヒザマスターの五百ミリ缶とヱビス超長期熟成である。銘柄はともかくとても美味しい。ほんの二、三年前まで全く美味しいと感じなかったのが、どうしてこうも変わったのか。それには生ビールと缶ビールの存在が大きく横たわっている。言葉を変えれば瓶ビールは面倒だから嫌いだったのである。 キリハラは家族間など気の置けない間柄の人とビールを注ぎ合うのは嫌いではないが、公式の場で隣の人のグラスの残量に気を遣いつつ注ぐタイミングを計ったり、逆に「飲みが足りない」と、半分残っているのに注がれて飲まざるを得ない状況に陥るのが大嫌いで、ビールと長らく慣れなかったのもそこに原因がある。勿論、いつも出て来るスーパードライが不味かったのもあるけれど。そこに来たのがサッポロの生ビールだった。生は当然ジョッキに満杯の状態で持ってこられるため、乾杯さえすれば後は好きに飲める。そうして飲むと、夏の仕事後など、最初の一口が美味い。当初は一杯だったのが、やがて二杯、三杯と量を増やして行くのは必然と言えた。言えない?うん、言えません。飲みたい盛りの言い訳です。で、酒の席でビールの美味しさに目覚めると、何となしに缶ビールを飲むようになる。キリハラは、タモリ倶楽部で酒の回をやっていると「あービール美味そうだなー飲みたいなー」などと呟いて、母親の一言「じゃあ飲む?」に釣られサッポロ黒ラベルを飲むようになった。そして現在は連れの家でヱビスを飲むのが日常化している。 そんな訳で、上述した通り、この記事を缶ビール片手に書いているという次第なのである。限定醸造のヱビス超長期熟成は苦味と深みの強い、ある種癖のあるビールなのだがそのバランスが日本人に丁度良くブレンドされていてとても美味である。皆様も飲まれたし。 ヱビスと言えば、ギネスの販売権をキリンに持っていかれたが、その前から黒ビールの製作に着手していたらしく、昨年の盛夏に新たな商品「ヱビススタウトクリーミートップ」を直営店で販売開始している。これがまた美味しい。何やら本日はキーボードとアルコールの話題に終始しているがご勘弁願いたい。だってここ、俺のウェブログじゃん。 やはりというか何と言うか、バドワイザーのスッキリ感もカールスバーグのバランス感覚もバスペールエールの苦味も良いのだけど、日本人が日本人向けに作ったビールは美味しい。上でスーパードライを不味いと書いたが夏にビアガーデンで生を飲んだら爽やかな心持ちになるし、サッポロの黒ラベルはジャパニーズスタンダードと呼べる出来だし、ヱビスは高級感がありながらも日本人の中流階級意識を忘れてはいない。お国柄というものは何だかんだで出るものだと思う。 キーボードも同じで、こちらは土地ではなく時代だが、キリハラは薄型、ラップトップ式キーボードを今が求めているように思えてならない。指も手首も疲れないし、何よりデスクトップ型よりエコっぽいから。 まとめにも何にもなっていないが、きょうはお終い。小説の仕込をして寝る。ゲェップ。 |
昔からキーボードはノートパソコンのような薄いタイプが好きで、逆にウィンドウズ系の色々、特に言えば一度日本から撤退した巨大パソコンゲイトウェイの見た目も押し心地もごついキーはあまり好きではない。ではデスクトップなどやめてラップトップ(この表現って使わなくなったよね)を使えば良いと仰る方もいらっしゃろうけれど、ラップトップは値段とスペックのバランスを考えるとデスクトップよりも一段階劣るし、何よりあの薄い液晶画面が心許なくて敬遠していた。今もしている。ので、自腹を切ってラップトップを買ったことはない。それにキリハラは何度も書いている通りマッキントッシュユーザーなもので、ウィンドウズのように手ごろな価格でそこそこのラップトップを買うことが出来ないし、実家でしかパソコンを使わないこともあって置き場所を考える必要があまりない。更にアップルは一般ユーザー向けにディスプレイ―本体一体型のiMacやeMacを発売している訳であって(後者はフェイズアウト)、机のここにタワーを置き、こちらにディスプレイを置き、必要に応じてパソコンラックを買いといったウィンドウズユーザー様が頭を悩ませる事柄にかかずらなくても良いのである。
いい加減読者諸賢は気が付いているだろうし、キリハラ自身も隠す必要を感じなくなったこともあって、そろそろ書いてしまおうと思う。午前四時。朝にも夜にもなり切れない空白のような時間帯がそれにふさわしいかどうかはよく分からない。まして読者の方々(まだいらっしゃるなら恐悦至極)が読まれる時間に合った話題なのか、読んだことで引くことになるのかどうかは尚更分からない。でも書く。暇だし。
以前、テキスポといういい加減な文章サイトで書き出し縛り、一時間で書くという企画に参加した作品を、ブラッシュアップも兼ねて千文字にリライトしました。さすがに一時間では粗が粗があらあらといった様相で、新ふゆきょうに「一時間縛りだから勘弁してね」とのメッセージを添えて掲載してはいるものの、読み返すと人様にお見せするのが恥ずかしい出来でした。千字ちょいなのに脱字もありました。もう死んでしまいたい。
本日はちょっとしたお知らせがございます。
こんばんは、天才作家志望です。名誉も地位もいらないから生活して行けるだけのお金を文章で稼げるようになる所存です。しかし天才ならば結構なお金持ちになってしまうかもしれませんし、それに伴って名誉や地位も手に入れるかもしれません。文章を読むのが遅いのに文学賞の選考委員に抜擢される可能性だってございます。たまったもんじゃねえ。それはさておき文章を読むのが速い方は老若男女問わずうらやましいと感じます。速読術にお金を払うほどではないけどそう感じます。具体例を挙げると、何度も当ウェブログに登場したキリハラの敬愛する文章書きさん、もう名前を挙げてもいいでしょう、高菜らいすちゃんが、ウェブログを訪れるにつけ恐るべき速度で本を読みまくっているようで、その度に戦慄してブラウザを落とします。しかもこの方、書くのもやたらと速い。速読速記。博覧強記。晴読書雨読書。読むのも書くのも遅いキリハラとしてはとてもいいなあなんて指をくわえるばかりであります。関係ないけど、しろー大野御大の漫画『しろー駄作劇場』にはスイエイ・ハヤーイという天才博士が出てきます。
お晩でございます。千文字小説コンペティションを毎月行われているウェブサイト『短編』さんに投稿予定の小説を置いておきます。初稿半くらいのものですが、千文字丁度ということもあって、このまま投稿してもいいかなと思いつつ、そんな甘い考えはいかんと自分を戒めている最中であります。
前記事に引き続き小説の項であります。前作の方が本腰を入れております。いや全ての作品に全力を込めていると、その上ででございますよ。

