
以前書いたかどうかすっかり忘れてしまって幾星霜、ウェブログもいい加減間が空いて廃墟と化しているのでもう二度書きなどあっても気にせず記事を編んで行くことにする。
キリハラは周期的に睡眠障害に陥るため睡眠導入剤を常備しているのだが、どうやら種々の薬に身体が慣れる傾向があるらしく、一つまた一つと薬が効かなくなり、その度に眠れなくなる症状が何度となく繰り返されて来た。睡眠導入剤というのはほとんどのものがベンゾジアゼピンという物質を基本に作られているためいくつか効かなければもう他の何を飲んでも駄目、胃を悪くするだけで何一つ良いことがない。そのため医師と相談の上、精神安定剤の中でも眠気の強くなるものを処方してもらったりと工夫はしてみたものの、結局慣れてしまい、それどころか眠くなることに対して身体が言うことを聞かなくなって来たので、最終手段として、現在罹患しているのとは別の病気に使う薬の鎮静成分を睡眠薬に転用することとなった。
当然のことながら本来の服用法とは異なっているため弊害もあり、キリハラの病気にとって良からぬ効果もあるし、また効果時間が最長二十四時間程度と長く続く(関係ないけど、今飲んでいる薬には百二十時間も効果があるものも混ざっているの。すごいわね)おかげで日常生活に支障をきたすこともある。
要するに始終眠いのである。
前の記事でも書いた、暇な時間をひたすら寝て過ごしている背景にはその薬の影響も多分にある。身体が慣れてしまわないよう、また効き過ぎないよう薬を半分に割って飲んではいるのだが、それでもふらつきや眠気等々の副作用は発言する訳で、何をしていても眠い、何もしていなければ更に眠いと、ほとんどボケ老人状態で毎日を過ごしている。ふらつきも結構あって、何でもない所でバランスを崩したり膝が抜けることもしばしば。こんなことをわざわざウェブログに書いているのは痛々しいことと分かってはおれど、他に書くこともないもんですから。皆様も睡眠薬などの基礎知識を得られていいんじゃないですか?そうでもないですか?そうでもないな。
睡眠障害は五年ほど前からあって、最初、医者にかかる前は仕事先の医務室で軽い精神安定剤と総合感冒薬を山ほどいただき、それを寝る前に死ぬほど飲んで無理矢理眠気を作り出していた。もちろん死ぬほどといっても自殺行為めいた飲み方ではなく、通常量の二、三倍程度なのでご安心されたし。それに、時折耳にする、睡眠薬をたくさん飲んで自殺なんてお気楽な話は実際には存在せず、少なくとも現在の薬は何百錠飲んでも死ぬか死なないか分からないくらい安全性が高い。ハルシオン自殺とか安らかな永眠とか、そんなものは幻想であって実際にはただ深く眠れるだけ、安楽死したければそれなりの装置か大量のモルヒネでも用意するのがよろしかろう。それか、劇画『サハラ』の女装兵士ストロボのように、もう助からない傷を受け、女隊長の「男に戻るのよ、ストロボ」という命令の元、最後のセックスをして絶頂に達しながら死ぬ、所謂腹上死も悪くない。しかし、後者のためには先ず致命傷が必要なのであり、それを受けた時点で安らかな死も何もあったものではないのでやっぱり大往生以外で安らかに死ぬなら、アメリカ式薬品死刑が良いと思う。
ところで、半錠でも十分な効果を発揮してくれている某薬品の副作用には上に上げたものの他に「悪夢を見る」という笑えない冗談のようなものがあって、実はこれが最も頻繁に現れるのでキリハラ非常に困っている。悪夢と聞いて読者諸兄は何を想像されるだろうか。死ぬ?殺される?殺す?落ちる?虫?虐め?よく分かっているじゃないか。それら全部だよ。
一番多い悪夢は銃で撃ち殺されるもので、これはもう慣れた。銃が出て来た時点で夢と分かり、痛みも一瞬で済むためあまり恐怖はなく、むしろ「早く撃てよ。撃てコラ。撃たんかいコラ!」とすごんで見せたりする余裕も出来て来た。夢のなかで粋がっても仕方ないのだけど。次に、殺す夢。これは加減が難しい。何しろ人を殺すのは気分の悪いことだし、殺されるのと違ってどれだけ殺せば夢から醒めるのかよく分からない。仕方なく棒っ切れの先に包丁を付けた即席バルディッシュ、薙刀、ハンマーなどで罪なき人々を殺して回り、早く起きたいと願い続けている。落ちるのは殺されるのと同じで、こちらは落ち切る前に目が覚めることも多いからとても楽というか悪夢に入らない。では何が嫌かというと、虫と虐めである。特に、両者の複合は最悪の部類に入る。
この間、こんな夢を見た。舞台はテキサスかオレゴン辺りの田舎だろうか、荒野の中にある寂れた町で、名物は礼砲。そこにある唯一の学校はホモの生徒に仕切られており、新入生は必ず彼の洗礼を受けなければならない。洗礼と言っても掘った掘られたの話ではなく単にディープキスをされるだけなのだが子供には少々きついものがあって、これを拒否する生徒もいる。すると彼らの机には毎朝スープの入った西瓜の皮の器が置かれることとなる。
スープはベージュ色をしている。西瓜は一玉を半分に切って中身を綺麗にくり抜いたもの。そこに差し込まれた杓子を、虐められっ子はひたすらかき回さなければならない。そうしているうちにスープの中から異物の手応えが感じられるようになり、やがて直径二十センチはあろうかという虫のさなぎが二つ浮いてくる。その形が整うと、彼らは授業をサボタージュして町外れの爺さんの元へ向かう。教室を出る瞬間、嘲笑が浴びせかけられる。
爺さんは錆びたドラム缶をかき回し続けている。中はやはりベージュ色のスープに満たされ、不穏な臭いをまき散らす。そこへ虐められっ子がやって来ると、爺さんはまたかという表情になってドラム缶を覗き込み、無言のまま彼らに西瓜の中身を入れるよう促す。彼らがさなぎごとスープを入れると、大きな泡がいくつか弾ける。
「お前ら、町を出ろ」爺さんは言う。「無理だよ」彼らとキリハラは返す。「こんな所、子供の住める土地じゃない。都会に出ろ」「爺さんは出ないの?」「儂は仕事がある」「それじゃ、僕達にも仕事があるんだよ」爺さんの顔が悲しげに歪む。「儂も昔、同じことを言った」
そこでキリハラの意識は空に舞い上がる。爺さんと子供達のいる場所から、荒野に向かってドラム缶が並んでいる。それが点になって見えなくなる場所から礼砲が響き、キリハラは目を覚ます。
田舎の閉鎖性と無意味な循環はどこかで書かなければならないと思う。そのために、虫と虐めの虐めの悪夢はもう一度見なければならない。